その他 2011年06月21日15:30
「おひさま」は松本が舞台になっている。
松本の方言がたくさん出てきて、懐かしい。
恥ずかしい話だけど、実際に松本に、空襲があったとは知らなかった。
昔、母の実家(芳川小屋)の敷地に防空壕があり、中を覗いた記憶があるが、あれは実際使われたのだろうか。
松本でも空襲でどなたか亡くなったりしたんだろうか。
母は農家の子どもだったから、食べ物には一切困らなかったそうだが、父の家は農地がなく、食べ物がなくて大変だったそうだ。
父が「あの時の惨めな気持ちは絶対に忘れられない。食べ物を分けてもらいに、農家へ着物を持って行ったりした。悔しかった。」
と言っていたのを思い出した。
「そうだじ。あん時は、本当に悲しかっただじ。N(母)は農家だったからそんなこと知らなかったずら。」
と天国の父が言っているかもしれない。
これが飯田なら「そうなあ。あん時は、ふんとに悲しかったんだに。Nは農家だったから知らなかったら。」
と言うのかな。
と言うのかや。
と、今後、私が松本弁を使う機会は益々減るだろうな。
娘が言うには、私は怒ると松本弁になるらしい。
あ〜あ〜( ̄〜 ̄;)
なんだか寂しい。